Facepalm_thumb私は日本語がうまい方だと思うが、流暢だとは全く思っていない。にもかかわらず、人前で日本語のスピーチをする機会があれば、準備する時間をもらえるのであれば、できるだけ受けるようにしている。大概はうまく行くのだが、時には完全崩壊することもある。

例え大失敗したとしても、私は得をすることができるのだ。

昨年、1000人余りの日本人の聴衆を前にPaaSやEngine Yard社について20分間のプレゼンテーションを行うため、招待された。その時私は、これまでにない程に最悪の大失敗に終わった。後方に映し出されたパワーポイント資料のバージョンは間違っているわ、終始リズムを掴めずにシドロモドロになるわ、ジョークも恐ろしいまでの沈黙を招くわで(ジョークの意味は分かってもらえても、ウケず)…

プレゼンの後、私のところに大勢の人がやって来て、「随分と勇気が要ったでしょう。自分が英語でプレゼンしたら、あんなにうまくはいかないですよ。」といったような会話が次々と繰り広げられた。最終的に、今後に繋がりそうな新たな手掛かりや新しい関係をたくさん得ることができた。

日本語でのひどいスピーチのほうが、立派な英語スピーチなんかよりもずっと効果があるというものだ。

Lemonade Standスタートアップ企業はエンタープライズ企業の縮小版ではない。法的な扱い以外にも、あらゆる点で根本的に違う。日本のアントレプレナーたちは(海外同様)、大企業を目指すべきモデルとして見るきらいがある。

やってしまいがちな過ちだ。小さい会社は大きな会社へと成長することを望むだけに、直観的にそれに倣って構造化してしまうようだ。不幸にも、大企業が機能する上で必要となる些細な管理費が小さな会社の首を絞めていく。

私が日本で遭遇した最悪な1例というのが、起業して6ヶ月の社員5人のスタートアップ会社が稟議書を導入した事例だ。起業メンバーの3人の説明によると、稟議書があれば揉め事を避けるのに役立つし、3人全員が確実にすべての決定事項に関われるとのことだった。

その会社は6ヶ月後に廃業となった。

Start Button長年の間にさまざまなポジションの面接で何百もの候補者と面談してきたが、会社側と候補者側の双方が名詞(あるいはいくつかの形容詞が含まれる場合もあるが)ベースで職務についての話し合いをしたがる。雇用側は「販売担当副部長(VP)」、あるいは「5年間の経験があるJava開発者」を求め、履歴書上には律儀にも、これまでの担当や役職が列挙された名詞一覧でその候補者が表されている。

名詞は静的(スタティック)なもので、そこには生命が宿っていない。

決して自分を名詞で定義してはいけない。あなたは「販売部長」ではなく、会社の売上を翌年には2倍できる、と。「熟練したRubyプログラマー」ではなく、開発スピードを早めて欠陥を減らすことができる、と。

名詞ではなく動詞を使おう。あなたが誰なのかはどうでもいいことで、何ができるかが重要なのだ。

Hack Osaka今年のHackOsakaのイベントに出席した際、その休憩中に2人の新進アントレプレナーと現地のスタートアップ事情についての話をした。

大阪のスタートアップにとって最も大きなハードルのひとつは、アントレプレナーたちのコミュニティーが現実(リアル)にないことだと彼らは嘆いていた。大阪には無数のアントレプレナーがいるのに、集まってアイデアを共有したりサポートし合ったりしていないのだという。

自然な流れとして、二人にそのコミュニティー作りを始めてみてはと提案した。何しろ我々が出席しているそのイベントには他のアントレプレナーたちとのつながりを求める人が大勢居り、地域活性化に特化して尽力できる場が用意されているのだから。

「まぁそれが思っている以上に大変で」とそのうちの1人が言った。「…だけど本当に誰か何とかして欲しい。とても価値があることだと思うんです。」

Goooooooooal日本人のリスク回避の説明として、その昔富士通勤務時代の部門長がしてくれた話がこれまでに耳にした中で最も良かったように思う。彼の持論はこうだ:

「アメリカでも日本でもポイント制が昇進の基盤にある。最も多くポイントを稼いだ者が昇進する。但し、アメリカの場合は0(ゼロ)から正解ごとに加点され、日本の場合は0から間違うたびに減点される、という点が違うのだ。」

Lovely Stories1週間にわたって国内数カ所の都市で開催されたスタートアップイベントに参加する中、人々が物語を語って言い訳をする時間の長さにイライラさせられた。その歴史ゆえになぜある特定の都市が特にスタートアップに適している(適さない)か、や、どのようにして今日の課題が国民性あるいは地域性の一面の結果として起こるべくして起こったか、といった話の数々を聞いた。

多くの人にとって真の問題について詳しく議論するのは気分が良くないことで、大抵は明らかな解決策を見出せないことはよく理解できる。そういった物語は間違ってさえいない。なぜなら、ほとんどの場合どうやっても検証できないのだから。

問題は、自分たちの問題について互いに話す物語が言い訳となって、実用的な解決策についての話をすることを避けることだ。そうなれば言い訳以外の何モノでもない。

話すことは簡単で心地良いけれど時間の無駄でしかない。物語では何の問題も解決されないのだ。

The Merlion最近、シンガポールに滞在して多くの現地起業家たちと話をする機会を持った。シンガポールには良い点、悪い点の両方で日本やアメリカとは根本的に異なるスタートアップ環境がある。滞在最終日の私のプレゼンの中でシンガポールのスタートアップたちに向けて3つのアドバイスを授けた。市場に違いはあるにせよ、私のその考えを日本の読者にもシェアしたいと思う。

1)地図は領土ではない

シンガポールの起業家たちは新規事業を運営する仕組みについてものすごく精通している。事実、彼らはおしなべて、多くのシリコンバレーの創始者以上にそれをテーマによく研究しているように思えるのだが、一方でその知識を信じ過ぎている。「正しい計画」を実行すれば成功できる、という広く知られた暗黙の考えが存在しているがけれどもそれは全くの偽りだ。正しいことをすることで成功のチャンスは拡がるけれど、正しい計画などは存在しない。どんな計画も間違っている。単に、その計画のどこが間違っているかが正確にわからないだけなのだ。その欠陥をできるだけ早く見つけ、そこにスキルをもってすれば、資金が底を尽く前にその修正法を見出すことができるだろう。

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Scream in Fearある時、ある1人の意欲的なアントレプレナーが私に感銘を受けたと言い、その理由は私が新規プロジェクトを立ち上げるにあたって失敗を恐れないからだと。その賛辞を必要以上に嬉しく思ったのも本当のところだが、彼が私をそのように思っていたという事実にショックを受け、彼のその考えを正さねばと思った。

あらゆる大きなプロジェクトを立ち上げる際に恐れを感じるだけなく、それらを走らせている間もまったくもって恐怖に怯えることがある。

メディアと一部の創業者の双方がアントレプレナーを、自らの信念に疑念を持たず、次の一手に迷うことなど無い勇敢な夢想家として描きたがる。これは純然たるフィクションだ。

もし会社を立ち上げる際に少しの恐れも感じないのであれば、自分が何をしているか十分に理解していないか、あるいはそのプロジェクトそのものに野心が欠けているかだ。

恐れを抱くことは良いことだ。ただ、恐れに邪魔されないことだ。

 

Salesman伝統的な日本のセールスマンは絶滅の危機に瀕している。今や、彼らが提供する情報はインターネットからより完全な形で効率的に得ることができる。今日のセールスマンは販売サイクルをスローダウンさせるだけでなく、販売員を雇用しなければならないことで製品コストが上昇するので、顧客にとっても魅力的でない。

人情は良いものだが、価格や効率の点で最終的に勝ち目が無い。

日本のセールスマンを絶滅危惧種の一覧に挙げるべきだ。ビジネス環境は変化しており、もう間もなく、きわめて複雑で高額の製品を扱うような隙間市場でしか生き残れなくなるだろう。

Drop Out Start Upこの1年の間に参加したいくつかのイベントでは、サンフランシスコのVCが大学生に大学を辞めて起業することを強く勧めていた。それぞれのイベントでその主張を裏付けるべく(ビル・)ゲイツやザッカーバーグの話をしていた。

このアドバイスは人々をやや間違った方向に導くもので、極めて利己的であるように思える。VCビジネスには絶え間なく続く新たなアイデアと会社の存在が求められる。VCは90%失敗するだろうことが判っていながらも最も有望な5%に投資する。ひとしきりの経験後に若い創始者たちは疲弊し、最終的には大学の学位もない無一文の状態になってしまう。

宝くじに当たる確率のほうが、起業のアイデアが次のフェイスブックやマイクロソフトになれる確立よりも有意に高いのだ。

しかし、全く起こりそうもないことは承知の上で、もし大学生が巨額の富をもたらすアイデアの上に自分が座っているのだと情熱を持って信じられるのであれば、退学してそれを突き詰めることにも頷ける。但し、アイデアと情熱が先にありき、だ。退学してサンフランシスコに移住し、その後に何がしたいかを探るようでは災いのもとにすぎない。